LIBRA 2020年11月号 近時の労働判例(最判令和2年7月14日)について

 LIBRA 2020年11月号に判例評釈を寄稿致しましたので、紙幅の都合上書ききれなかった事項の補足や、書きながら考えたこと等について適宜コメントします。

 取り上げた判例は、最判令和2年7月14日で、平成18年頃に大分県教職員選考試験において贈収賄を伴う不正が行われた事件に関するものです。県が不正行為によって不利益を受けた志望者に対して支払った賠償金について、不正に関わった公務員に対して、国家賠償法1条2項に基づいて求償請求をするという住民訴訟です。

 

 評釈本編はこちらをご覧くださいhttps://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2020_11/p26-27.pdf

 

1 登場人物の整理に関する補足

 この判例は、一審→第一次控訴審→第一次上告審→差戻控訴審→第二次上告審という過程を経ていますが、求償額の算定方法を含めて一連の裁判の内容を理解するにあたっては、どの年度の不正に関わったのかという視点から登場人物を整理する必要があります。

 Kは、第二次上告審を中心に取り扱った上記評釈では全く言及しておりませんが、求償債務を弁済しているので、求償額算定に当たっては、考慮に入れる必要があります。

 

(1)平成19年度試験の不正に関与

 ①平成19年度試験教育審議監 A  

  退職手当3254万5896円返納

  求償債務195万3633円弁済

 

 ②市立小学校教員夫妻 BC

  100万贈賄

  求償債務44万4687円弁済

 

(2)平成20年度試験の不正に関与

 ①市立小学校教頭 D

  400万贈賄

  求償債務20万8648円弁済

 

 ②県教委義務教育課人事班副主幹(平成20年度試験時) K

  平成20年度試験の得点集計事務及び試験成績一覧表の作成を担当し、得点改竄

  求償債務187万2520円弁済

 

(3)両方に関与

 ① 県教委義務教育課人事班主幹→県教委義務教育課人事班課長補佐(総括) E

  求償債務弁済前に死亡

 

 ② 義務教育課長→県教委教育審議監 F

  求償債務弁済前に破産・免責許可決定

       

2 第一次上告審の意見について

 第一次上告審には、山本裁判官による意見が付されています。不正被害者の早期救済や県財政の負担軽減を目的としてなされたものと思われる第一寄付金を、求償義務の減額、すなわち不正に関わった元公務員の救済に使うことが許されるのかという点について、疑問を投げかけるものです。

 大変興味深い指摘ですが、差戻審以降では特段言及されていません。

 

3 共同や故意の意義についての補足

 第二次上告審では、複数の公務員が共同して故意によって違法に他人に損害を与えた場合、国家賠償法1条2項による求償債務は連帯債務になることが示され、これにより、Aが、EやFと連帯債務者の関係になり、両名の無資力リスクや回収リスクを負うことになりました。なお、最高裁は、BCDについては、当事者から上告受理申立理由が記載された書面が提出されなかったことから、実体に立ち入った判断をしていません。

 AEFの三名は、いずれも試験を執り行う公務員として、実際に得点の改ざんをしたり、指示をするという不正行為を行っているので、これらの者については比較的容易に共同性や故意を認められるでしょう。一方で、BCDのように、贈賄をしたものの点数改竄を直接行っているわけではなく、また、賄賂にかかる公務を執り行う担当者でもない者について、共同して故意によって違法に他人に損害を与えたと認定される余地がないのかについては、事例の蓄積を待つ必要があろうかと思います。

 

 例えば以下の(1)から(4)の架空の事例について、贈賄した公立校の教員の共同性や故意が認められるのか否か、どのように考えるべきでしょうか。特に、自身の子どものが不合格になることや、これを合格させるとその代わりに不合格になる者が生じることを認識している(4)の例については、共同性や故意が認定されてもよいように思われます。

(1)公立校の教員が、試験実施前に、実力勝負でも合格可能性が十分ある子どものために、教育委員会職員に贈賄し、合格点に達しなかった場合便宜を図るよう依頼した。

 

(2)公立校の教員が、試験実施前に、おそよ合格見込みのない子どものために、教育委員会職員に贈賄し、合格点に達しなかった場合便宜を図るよう依頼した。

 

(3)公立校の教員が、試験実施後採点前に、子どもから試験が難しかった旨相談を受けて、教育委員会職員に贈賄し、合格点に達しなかった場合便宜を図るよう依頼した。

 

(4)公立校の教員が、結果発表直前期に懇意にしている教育委員会職員から、自身の子どもが不合格になる見込みであることを知らされたため、贈賄して合格させるように依頼した。

 

4 公務員の採用と民間企業の採用の対比についての補足

 公務員の採用は、受験成績、人事評価その他の能力の実証に基づいて行うものとされており、いわゆる縁故採用等は法律上排除されています(国家公務員法33①、地方公務員法15)。また、公務員の新規採用は、法律や条例で定められた定員の欠員補充という形で行われるため、一人不正行為によって採用すれば、本来採用されるはずだった者が一人不採用になりますので、不正行為と損害との因果関係が明瞭です。

 一方で、民間企業の採用では、採用の自由が幅広く認められており(三菱樹脂事件 最大判昭48.12.12 民集27-11-1536等)、コネ入社も特段禁止されていません。採用人数についても企業が任意に定めることができます。そのため、採用に当たって何等かの差別が存在するような場合はさておき、彼が不正に採用されたために私が不採用になったという事例が生じる可能性は低いように思われます。

 この部分が、本判例評釈で最も労働法らしい内容だったのですが、紙幅の都合上、全部カットになりました。

 

5 その他

 登場人物の伏せ字が、裁判所のウェブサイトで公開されている第二次上告審の判決全文と、判例秘書掲載の下級審とで異なっていたのが最も大変でした。